アメリカ留学生活日記/2006年10月

一時帰国とProtest/高山亨太

1.10月は・・・
  筑波大学大学院博士課程の中間評価論文の中間発表会のために日本に一時帰国したり、Gallaudet Universityでの学生や教員による新学長に対する抗議(Protest)が起こったり、大学が閉鎖されたり、つい先日に新学長が解雇されたりするなど、忙しく落ち着かない日々であった。

2.中間評価論文
  私の所属する博士課程は、普通の博士課程とは違って、修士課程も含んだ5年一貫制であり、現在、2年次の学生である。2年次に、修士論文形式で中間評価論文を提出するか、中間報告だけで済ませるか選択することが出来る。大きな違いは、前者のみが修士号を取得することが出来ることである。
  もちろん私は修士号を持っていないし、必ずしも博士が取得できるという保障もないので(もちろん取得できるように努力している訳なのだが)、修士号を取得するためにアメリカのクラスや宿題をこなしながら、修士論文の執筆も並行して進めている状況である。次は、最終発表会と最終提出が1月に控えており、基を抜けない日々が待ちかまえている。
  久々に帰国して、食事と人々といった日本の良さを改めて実感することになった。日本からアメリカへの帰国時には、悲しくなるような気分を覚えてしまったようだ。笑

3.Protest
  日本からアメリカに帰国したのは8日であるが、Protestが実行されたのは6日の金曜日からであった。もちろん到着したときにはその実感がわかなかったのだが、9日の月曜日に通常通りに登校したときに改めて、Protestが起こっているんだなと実感することになった。Protestは、1988年に起こったDPNというProtestのように1週間で終了すると思われていたが、思った以上に長期化するとは思ってもみなかった。
  Protestは、HMBというメインキャンパスを占領し、最終的にはすべての入り口をロックし、大学を閉鎖するという事態にまで展開した。Protestの理由は、様々であり見解が分かれるためここでは省略しますが、以下の2つの日本語のブログに多くの情報が寄せられているので、興味のある方は、閲覧になっていただければと思います。
  私は、Gallaudet Universityに来てから、DeafというものDeaf cultureというものを知ることになり、とても楽しく過ごしている自分がいることがわかった。Gallaudet Universityは、すべての聴覚障害者、ろう者、難聴者、それらをとりまく聴者にとって非常に重みのある価値や歴史のある場所であると信じている。様々な情報や考え方を聞いて、情報を集めていく中で新学長の選考過程、新学長の経済的な指導力に疑問を持ち、最終的には、日本人として抗議に賛同し、サポートした。これからもGallaudet Universityが発展するためには、このProtestは大きな意義があると信じている。Protestが理事会の会議による結果、新学長が解雇されたことで1つ区切りがついたが、Protestに参加した学生や教員の処遇に関する問題や、新たな新学長の選考といった問題が控えている。この先どのような問題が残っているのか気になるところである。
日本にも筑波技術大学があるが、多くの教員が手話を十分に活用できないことや、工学系のみしかないこと、聴覚障害のある教員の比率が低いこと、手話通訳学科がないこと、筑波技術大学が実施している学生研修旅行先がGallaudet Universityや第1期生の太田さんが留学しているNTIDなどがあるアメリカではなく、北欧であることに大きな疑問を持っている。近い将来、一度は教員として勤務してみたい筑波技術大学は、Gallaudet Universityから得られることは多くあるはずだと信じている。筑波技術大学とGallaudet Universityの間では、協定がないと聞いている。是非とも協定を結んで、単位互換制度や交流を進めてほしいと考えている。筑波技術大学も近い将来に聴覚障害のある学長が誕生してほしいものだ。

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